イスタンブール、ここでは終結したどの戦場よりも壮絶な激戦が現在進行形で進んでいた。
上空から次から次へと降り注ぐ光と闇の玉。
それが落ちる度にあたりから悲鳴と断末魔が木霊する。
何しろ闇の玉は地面に落ちるなりブラックホールと化して周囲の土も人も死者も死徒何もかも区別も差別もなく飲み込み消失する。
そしてそのあとには浅い綺麗な円形状のクレーターが出来上がり、光の玉が落ちるとそれはホワイトホールとなって先程吸い込んだものを全て吐き出させる。
その結果、光の玉が消えた後には土とかつては人と死者であった有機物と服や銃火器が元だったと思われる無機物の塊がない混ざった小山が出来上がっていた。
それだけだと、さほど深刻な問題ではないように聞こえるが、そうではない。
イスタンブール周辺では人類側と『六王権』軍、双方入り乱れての乱戦が起こっている。
そんな場所で辺り構わず所構わずに投下していけばどうなるか、当然だが次々と生き埋めにされる犠牲者が人類、『六王権』軍差別も区別もなく続出した。
蛇足だが戦後、調査した結果判明した事実だがイスタンブールでの戦いでの戦死者の大半の死因は死者に食われたのではなく、ブラックホールに呑み込まれた事とホワイトホールによって吐き出された山によって生き埋めにされた事による圧死だったとされている・・・
六十六『混沌』
その元凶たる『闇師』・『光師』 とアルクェイド・アルトルージュの戦いは圧倒的に後者の不利で推移していた。
実力の差ではない。
相性の差であった。
アルクェイド、アルトルージュ二人共に衝撃破を飛ばす術は持っているが主には近距離での白兵戦が主だ。
しかし、相手の『闇師』・『光師』は幻獣王を駆使した遠距離での戦いを得意とする。
懐に入られれば終わりである事など知り尽くしているのに懐に入られる事を良しとする筈がない。
次から次へと光弾と闇弾を叩き込み、接近してくれば周辺の死者を叩き付け、それでも懐に潜り込もうとすれば光と闇の障壁を展開し距離をとり、とった所で再び遠距離での攻撃・・・そんな堂々巡りが続いていた。
無論アルクェイドもアルトルージュもこのような攻撃で怪我を負う事もない。
光弾、闇弾を回避し死者は瞬きほどの時間で残らず塵に変えてみせるが、そんな事をしても肝心の『闇師』・『光師』に攻撃が当たらなければ意味はない。
いくら肉薄してもすぐに阻まれ、自分達の距離で戦えない。
ダメージは今の所ないが疲労は覚える。
しかも、あのブラックホール・ホワイトホールの連続投下で一帯の地形は開戦前と比べ物にならないほど激変している。
目の前が隆起した山なのにすぐ隣はクレーターになっているなど当然の事、今や平坦な地形の方が珍しくなっている。
その為ちょっとした事で足を取られかねない。
少しでも拮抗した現状が崩れれば崩れた方が不利になるのは当然の事。
いくら真祖、死徒の姫君とはいえ光をも吸い込む超重力に呑み込まれて五体満足、無事で済むなど考えていない。
早い話秒単位で事態は悪化していると言う事。
「どうするの?姉さん。このままじゃあ同じ事の繰り返しよ」
「それを狙っているのアルクちゃん。向こうだって感情も理性もある。同じ事を繰り返して行けば機械作業になる可能性があるわ。そこを狙うのよ・・・ううん、それしかないのよ」
やや焦った感のあるアルクェイドに対してアルトルージュは表情こそ険しいが口調は落ち着いたものである。
ここはやはり経験の差が出たのだろう。
アルクェイドは訝しげな表情をしたが、力では互角であっても技量、経験、さらには駆け引き、全てアルトルージュの方が自分よりも一枚も二枚も上手である事はとっくに自覚している。
ここはおとなしくアルトルージュの言葉に従った方が良さそうだった。
こうして意図的に単調な迎撃、突撃を繰り返していく。
「姉ちゃんまた来るよ馬鹿の一つ覚えみたいに」
「そうね注意しなさいよ『光師』、油断していると足元掬われるわよ」
「わかっているよ」
そう口では言っているが『光師』は元より『闇師』も単調な攻撃と迎撃命令そして障壁を張った後に後退を繰り返す事でアルトルージュの推測通りおざなりな機械行動になりつつあった。
それを何気ない仕草から察したアルトルージュの行動は素早かった。
単純に真っ直ぐ進んでいた進路を突如横に大きく変更、さらに右へ左へと蛇行し始めた。
それに習う様にアルクェイドもまた姉と同じ行動を取る。
「へ?ね、姉ちゃん!」
「まずい!『光師』すぐに弾幕と障壁、懐に入られる!」
いきなりの行動の変化にとっさに対応出来なかったが直ぐに光弾、闇弾を広範囲にばらまく様に撃ち出し、障壁を展開後退しようとする、いや正確にはしようとした。
この時既にアルクェイド・アルトルージュ、共に攻撃を掻い潜り、障壁が展開される前に突破して遂に『光師』・『闇師』 の懐に潜り込む。
「はああああ!!」
「てりゃあああ!」
飛び込むや渾身の一撃を二人に振るいこれで戦いは終結するかに思われた。
しかし、やはり二人も『六王権』の元で無意味に側近を務めていた訳ではない。
振るおうとした瞬間、どう言う訳かアルクェイド・アルトルージュの身体が急激に引っ張られる。
いや引っ張られるなど生易しいものではない、強引に引き摺られるいや、むしろ押し出されるそれに近い。
気付けば二人の距離は一気に数十メートル離されてしまった。
その地点まで吹っ飛ばされたと言って良いだろう。
「ふぃー危ない危ない」
「本当ね。『光師』今回は助かったわ」
「まだまだだよ姉ちゃん。本当なら。冗談抜きで宇宙まで飛ばすつもりでいたんだから」
そう言う『光師』・『闇師』の前に二人を吹っ飛ばした原因があった。
ホワイトホールが渦を巻き、やがて消えていった。
「油断にも程があったわね」
「全くだよ。同じ土俵で戦っちゃあダメなんだったんだね」
「そうね。最初からこれをやればよかったのよ」
そう言うや『光師』・『闇師』双方共上空に浮かび上がる。
それを見て地上から銃撃、黒鍵、さらには迫撃砲などの攻撃が雨霰と加えられるが、どれもこれも途中で弾かれ、砕かれ、爆発する。
そして一定の高度まで上昇するや幻獣王『ガブリエル』・『ルシファー』が左右対称に同じ構えを取る。
その途端、『ガブリエル』からには光が、『ルシファー』からは闇が溢れ、二体の幻獣王の間でそれが混ざり合う。
だが、それはただ混ざるだけではなく、混ざるや生物の様に大きく胎動し大きく育つ。
光と闇が混ざるそれは見る者をある意味魅了し、ある意味不快感を覚えさせる程神々しさとおぞましさを両立させていた。
その光景に誰もが『光師』・『闇師』を攻撃する事を忘れてただ忘我してそれを眺め続ける。
「何?あれ・・・」
「光と闇が混ざっている?でもそんな事があるっていうの?」
「ある筈がないよ。光と闇は表裏一体であって決して向かいあうものじゃない。向かいあってはいけないものなのよ」
「でもあれって・・・」
あまりの出来事に死者を次々と葬りながらも、誰もが上空のそれを無視する事が出来ない。
攻撃する事も忘れて呆然と立ち尽くす者も出た。
最もそのような不用心な者はすぐさま『六王権』軍に貪られる運命が待っている訳だが。
一方、そんな様を上空から眺める『闇師』・『光師』は嘲りを隠す事無く表情に浮かべ嘲笑気味に言葉をかわしていた。
「見ている余裕があるのかなぁあいつら、ねえ姉ちゃん」
「別に良いじゃない見たって減るものじゃないし」
「でもさ発動されれば消し飛ぶよねここら一帯は」
「地形は確実に変わるわね。でもそこは別に良いじゃない。ほら『冥土の土産』ってやつで」
同意すると言わんばかりに満面の笑みで頷く『光師』。
そうしている内に光と闇の混合物はさらに巨大に膨れ上がり胎動はさらに大きく激しく蠢く。
「もう限界かな?」
「そうねこれ以上は爆発するわね」
「じゃあ・・・落そうか」
「ええ、落すわ。あっけないけどこれでおしまい」
「どう受け止めてくれても良いけどね。僕達は僕達のやる事をやるそれだけだし」
そう独白しそれを何の躊躇いもなく解放した
―カオス―
混沌、それを表す言葉と共に。
その宣告が成された瞬間、それはひび割れた。
そのひび割れたヶ箇所からやはり光と闇がない混ざった形容しがたいそれが噴出した。
それは地面に衝突するや地面を砕き、先程と同じく敵も味方も差別も区別もなく、進行方向上にあるものを全て飲み込み消し飛ばしていく。
「あれって・・・まずいよね?」
「決まっているでしょう!」
咄嗟に襲来したそれをかわすアルクェイド・アルトルージュだったが、それでもその衝撃で軽く吹き飛ばされる。
見てみれば必死にそれを食い止めようと迎撃に出ているようだが、びくともせず迎撃に向かった兵士も戦闘車両も全て消し飛ばされる。
そして、それの最終的な進行先には・・・説明するまでもなくイスタンブールがあった。
「アルクちゃん!何が何でも防ぐわよ!」
「ええ!」
そう言うや二人とも同時に疾走、一気にそれを抜き去りその前に立ちはだかる。
「星の・・・息吹よ!」
アルクェイドは空想具現化を発動、壁を作り出しそれを受け止めようとする。
しかし、それはしばしの拮抗の後壁をたやすく破壊さらに迫りくる。
「うそっ!」
「下がって!」
そう言うや
―今こそ謳え月の王の讃美歌を―
アルトルージュは『月界讃美歌』を発動、力のリミットを解除、さらに全ての力を注ぎこむ勢いで、
―ジェベー
最速の突撃技を繰り出す。
だが、結果としてそれもまた無駄な努力に終わる。
「きゃああああ!」
「姉さん!」
アルトルージュのそれすらも弾き飛ばし吹き飛ばされたアルトルージュをどうにかアルクェイドが受け止めるが、ドレスはボロボロ、『ジェベ』で突き出した片腕は消滅すらしていた。
「つぅ・・・・予想外よあれ」
「そうみたい・・・とにかくいったん下が・・・っ!」
下がろうとしたアルクェイドだったが死者の一体がアルクェイドの足を掴みその動きをわずかだが妨げた。
「こんの!」
無論一瞬で死者を吹っ飛ばすが、それは致命的な時間のロスだった。
その間にもそれは迫り、離脱も間に合わないほどにまで接近、アルクェイドらを飲み込むかに見えた。
だが、それは
「虹の極光!!」
突然襲来してきた特大の虹色の衝撃波で吹き飛ばされ消し飛んだ。
「!爺や!」
「お爺様!」
「姫!ご無事ですか!」
その視線の先には『幽霊船団』旗艦から身を乗り出して宝石剣を握るゼルレッチの姿があった。
「姉ちゃんあれって」
「『魔道元帥』・・・つまりはリタが敗れたと言う事ね・・・趣味は合わなかったけど悪い奴でもなかったんだけどな・・・」
「姉ちゃん、感慨にふけっている場合じゃないよ『魔道元帥』だけじゃないよ援軍は」
『光師』の言葉通り、『幽霊船団』は次々と出現、砲撃を開始し、旗艦からは次々と魔力弾が襲来。
その全ては『闇師』・『光師』が展開する障壁で当然ながら防がれるが、面倒な事になったのは間違いない。
「それに真祖と死徒の姫様たちあの船に乗っちゃった」
「まずいわね、本当に『光師』、『カオス』は」
「さっきのあれで軒並み吹き飛んじゃった。また溜め込まないと駄目」
「守りながらじゃあ・・・たぶん無理ね。障壁が持たない」
「攻めながらじゃあ溜めるのに時間かかるよ」
「牽制しながらやるしないわね。確かに時間はかかるけど、攻撃さに曝されながらなんて・・・あんた出来る?」
「無理」
たった一言で断言し、それと同時に『ガブリエル』から無数の光弾が射出、魔力弾と相殺されていく。
「手が早いわね、あんたも」
そんな手際の良さに半ば呆れながらも『闇師』もた『ルシファー』から闇弾を射出、砲撃を次々と相殺していった。
一方、『幽霊船団』旗艦では
「姫様!」
アルトルージュの惨状にフィナが悲鳴を上げていた。
「大丈夫よフィナ。傷の再生も始まっている。腕も元に戻るわ」
その言葉に嘘はない。
既に傷は完治し、速度こそ遅いが腕も再生が進んでいる。
だが、『月界讃美歌』発動に加えてこれだけの重傷の治癒に力を当てている以上、しばらくは戦線離脱せざる負えない。
とそこへ、爆音が周囲の空気を大きく震わせる。
「くっ!敵がこちらにも攻撃を開始し始めました」
見れば確かに闇弾、光弾を撃ち出して攻撃、砲撃や青子の魔力弾を相殺しながらいや、相殺して尚大量のそれは『幽霊船団』に襲い掛かる。
次々と被弾し、中には墜落していく船団。
「このままでは・・・」
青子達も迎撃に余念がないが向こうの数が圧倒的に多い、この分では船団の全滅も見えてくる。
しかし、それも援軍がなければの話。
そしてその援軍はあった。
突如巨大なエイが飛行、その身体から次々と猛獣が生み出され光弾、闇弾を相殺しながら『光師』・『闇師』に襲い掛かる。
更にその反対側からは巨大な女性型の人形が姿を現し砲撃を加え始める。
これらの迎撃にも神経を使わなければならなくなった為か攻撃の密度が明らかに薄まった。
「姉ちゃんあれって・・・」
「そうねグランスルグが報告で出していたメレム・ソロモンの四大悪魔・・・厄介なのが出て来たわね。『光師』あっちの迎撃を優先!『カオス』の方は?」
「まだ無理!」
その言葉を聞くや迎撃の密度を更に厚くした。
「姫様ぁ!ご無事ですか!」
左脚の悪魔から艦に飛び移る様に乗り込んできたメレムの開口一番がそれであった。
「あらメレム?私の心配してくれたの?」
だが、アルトルージュの獲物を見つけたかのような視線と声に思わず後ずさる。
しかしそれをフィナが素早く捕獲した。
「僕に良いようにされるか姫様に良いようにされるかどっちが良い?」
「・・・まだ姫様の方がましです・・・」
絶望しきった表情と声でそう答え、メレムはフィナの手でアルトルージュに引き渡された。
「フィナ、ナイスよ」
そう言って喜色満面でメレムを愛で始めるアルトルージュ、だが、それでもその眼は鋭い。
「まずいわね。あの混沌の塊また集まっているわ」
そう言って鋭い視線を向ける。
アルトルージュに指摘されてようやく気付いた。
例の塊が再び胎動と共に大きく育ち始めていた。
「させぬ!」
そう言って、宝石剣を振るい再び斬撃を飛ばすゼルレッチ。
だが、ある程度の光弾、闇弾を吹き飛ばすがその間に威力は弱められ、障壁を砕くには至らない。
「くっ、それだけ密度を薄めていながらこれだけの力か」
「老師不味いわよ。もしもあれをまたやられたらこっちが無事でいられる保証はないわよ!」
アルクェイドの空想具現化、アルトルージュの『月界讃美歌』発動状態でのジェベ、それをたやすく退け、ゼルレッチの宝石剣での最大出力でようやく相殺したあれが発動されれば再び相殺できるのか?
「・・・コーバック、お主すぐにシオンを呼んで来い」
「??あの嬢ちゃんを?どないするんやゼルレッチ?」
「あの試作弾を託す。あの娘にはあれを手に取る資格があるからな」
「ああ〜あれかいな。よっしゃ任せとき」
そう言うや旗艦から飛び降りるコーバック。
「・・・大丈夫ですか?老師」
「案ずるなあれでも二十七祖、この程度の高さで死なぬよ」
そう言って視線を再び『光師』・『闇師』に向ける。
緩やかだがあの混沌は着実に大きくなってきている。
そうも時間をかける事無く先程と同じ大きさに育つのは間違いないだろう。
と、それを見ていたアルトルージュは諦めたというか覚悟を決めた、そんな表情を浮かべ愛でていたメレムを下す。
「・・・仕方ないか。私の治癒も間に合いそうにないし。アルクちゃん」
「??姉さんどうかした?」
「これ・・・返すわね」
そう言ってどこからか取り出したのかアルトルージュの手に握られていたのは一房の髪だった。
アルクェイドのそれと同じ色の・・・